昭和62年5月28日午前5時過ぎ、札幌市中央区のラブホテルで市内の会社員・Sさん(当時27歳)が刃物で刺されて死亡しているのをホテルの従業員が発見し警察に届けた。捜査本部は、Sさんと一緒にホテルに入った20歳代の女性の行方を捜索したが手掛かりは掴めなかった。
事件から1年5ヵ月後の昭和63年10月29日、事態は大きく動いた。この日、札幌市南区の教員・Fさん(当時32歳)が妻のKさん(当時27歳)が行方不明であると警察に届け出た。警察は、失踪当日に会うと言っていた友人の吉川礼子(仮名・当時24歳)を調査した結果、Kさん行方不明届の前日、ガス自殺を図り告別式も済んでいた後だった。警察は、不審を抱き遺体から採取した血液型や指紋を照合した結果、遺体は吉川ではなくKさんであることが判明した。
さらに吉川の部屋から採取した指紋は、前年のラブホテル殺人事件で残されていた指紋と一致した。この結果、警察は吉川がSさん、Kさんを殺害したと見て殺人容疑で指名手配した。11月4日、吉川は札幌市の繁華街であるススキノを歩いているところを逮捕された。
吉川は、4年越しで付き合っていた医大生から別れ話を持ちかけられ意気消沈していた。もう一度、よりを戻したいとの一念で医大生に電話をかけた。ところが、医大生はまったく相手にせず冷たい態度をとった。そこで、自暴自棄になった吉川はテレクラに電話して、その夜初めて会ったSさんとホテルへ。そこで、売春婦のように扱われたことに腹をたてた吉川はSさんをナイフで殺害したのだった。
殺人を犯した吉川はキリスト教会で知り合った、クリスチャンのKさんに「大変なことをしてしまった」と打ち明けた。事情をまったく知らないKさんは、偶然にも聖書の一節「人を殺しても神にすがれば救われる」を読むように勧めた。Kさんは自分の犯行を知っていると早とちりした吉川は10月27日、Kさんを自宅のマンションに誘い出し、睡眠薬を飲ませてガス中毒死させたのだった。
警察の現場検証で吉川の両親が呼ばれ、死体確認したところ容姿が似ていたためKさんの死体を娘と勘違いし荼毘していたことが判明した。平成3年2月26日札幌地裁は吉川に無期懲役を言い渡した。平成4年9月26日札幌高裁は吉川の控訴を棄却した。
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